GIFアニメ 日々の新聞
CONTENTS 草野天平の頁
天平アンソロジー
草野天平の本
草野天平の言葉
わたしと天平
日々の新聞
風の通る家
いわきクロニクル
オンブズマン
編集後記
招待席

田人お伽草紙
草野天平の頁
HIBINO IN IWAKI
時のゆくえ
仲間たちの野辺送り
蔡國強といわきの物語
DUO
オリジナルショップ
定期購読
リンク集
遺稿


 これからは懐手をして歩くのは
 やめることにしよう
 人から辞儀された時など
 失礼であるし
 それに又
 ふしだらな気分を与へるから厭だ
 寒くともはつきりと
 手を出して
 天上の威儀に従つて

 昭和27年4月27日、都新聞の記者、仲村譲が梅乃から手渡された原稿。天平が逝って2日後のことだ。この未完未発表の遺稿の裏には、鉛筆で推敲された文字がびっしりと書かれていた。それを見た仲村は、胸が締めつけられるような思いにとらわれる。天平の、詩と向き合う覚悟をまざまざと見せつけられ、自分が惨めになったのだった。

 松禅院時代、天平は都新聞にエッセイや詩などを書いていた。その担当が仲村だった。仲村は学徒出陣したあと京都に戻り、文芸雑誌の編集の手伝いを経て記者になった。当時、文芸復興運動が盛んで、仲村も記者をしながら詩を書いていた。それだけに、天平の詩にかける一途な思いが、嫌というほどわかった。

 新聞記者を気どり、カストリ焼酎を飲んで文学論をぶっている自分。天平の生きざまと接するたびに「詩とは生き方と覚悟。自らを律しなければ詩を書く資格などない」という思いが強くなっていった。それでも世俗にまみれてしまう自分。仲村は天平の死に強い衝撃を受け、天平追悼の詩を最後に「詩を書く」行為をやめる。

 仲村は「いまの時代、詞人はいても詩人はいない」という。それは精神と行動と詩が一致して初めて詩人になり得る、ということなのだろう。

 「寒くとも/はつきりと/天上の威儀に従つて」。折り目正しく純粋な天平らしい遺稿と言える。





日々の新聞風の通 る家いわきクロニクルオンブズマン情報
編集後記田人お伽草紙草野天平の頁日比野克彦のページ
フラガールオリジナルショップ定期購読リンク集
 
  画面上へ