|
蔡國強がインタヴューで答えている。「13年前にいわきの人たちと協力して成功させた地平線プロジェクトは、決して忘れることのできないことです。あれは、いまの僕の原点とも言えます。実践することの聖域です」。場所は北京。その模様は、NHKの「迷宮美術館」で放映された。
藤田忠平は、番組のチーフプロデューサー・櫛田晃の「当時の匂いが実感できる場所に行きたいのですが…」との申し出を快く引き受け、蔡が生活していた四倉の高台にある家に案内した。そこからは太平洋がよく見えた。ふと蔡が最初に示したコンセプトのなかの1つ、「ここの人々と一緒に時代の物語をつくる」という言葉がよみがえってきた。一緒に時代の物語をつくる作業は、いまも切れ目なく続いているのだった。
11月のはじめ、志賀忠重は、空路ニューヨークへ向かった。「Traveler」と名づけられた廃船(いわきからの贈り物)が、蔡の個展でまた使われることになり、それに関する作業をしに行ったのだ。成田から13時間。さらに車で1時間かけて「サイスタジオ」に到着すると、夫人の呉紅虹がいつものエレガントな笑顔で迎えてくれた。蔡は来年8月に迫った北京五輪の準備が忙しいらしく北京へ行っているという。スタジオにはグッデンハイム美術館の展示構想が一目でわかる立体模型が置いてあり、「こんな感じです。志賀さんには隠す必要がないので、どうぞ見ていってください」と呉が言った。
廃船が展示されるのは、来年2月にグッゲンハイム美術館(ニューヨーク)で開かれる回顧展。7階建ての美術館すべてを使う大規模なもので、廃船は最上階に置かれるという。この美術館は1階から7階までぶっ通
しの吹き抜けや螺旋状の飾りがあり、展示が大変な分、面白味もある。今回の志賀の仕事は廃船をエレベーターに乗せられるよう、どこを切り刻むか指示をすること。「美しく組み立てられるようにしてくださいね。お願いしますよ」と蔡から全権を委任された。
作業場はニューヨークのダウンタウンから1時間ほど離れた郊外にあり、エレベーターの広さの木枠を造って、現地スタッフと一緒に慎重に進められた。作業は順調に進み、ほぼ1日で終了した。蔡にとって、グッゲンハイム美術館での回顧展の意味がいかに大きいか、志賀はその意気込みを肌で感じた。そして「来年が楽しみだ」と思った。
廃船「Traveler」は、いわきの人々の手で小名浜下神白の砂浜から引き上げられ、コンテナで海を渡って、アメリカ・ワシントンD.Cのスミソニアン美術館、カナダの国立シャウィガン美術館に展示され、来年2月にはニューヨークのグッゲンハイム美術館の7階に展示されることになった。志賀は廃船の作業に駆り出されるたびに、蔡との縁と歳月を思う。
実際には「地平線プロジェクト」も「いわきからの贈り物」も大変だったが、計算があったわけでも蔡の芸術性に共鳴したわけでもない。ただ、「蔡さんはいい青年だから助けたい。役に立ちたい。そしてずっとつきあっていきたい」と思っただけだった。結果
、面白いことが次から次へと起こっていった。「蔡さんとつきあってっと、なんだか楽しいんだわ。わくわくすることが多くて」。志賀が豪快に笑った。
|