463号 2022年6月15日 |
隣国を攻め自国の領土にすることが幸せにつながるのですか
戦火を逃れてウクライナの人々が国境を目指す姿を、この4カ月近く、わたしたちはニュースを通してどれだけ目にしてきただろう。なかでも両手に荷物を持ち、ひとりとぼとぼ歩く男の子の姿は目に焼きついていて「どうしているだろう」と思うことがある。
鉄の彫刻家の安斉重夫さん(73)はウクライナのことを考えると、怒りと悲しみが込みあげてくる。隣国を攻めて、自分の領土にしてしまうことがロシアのためになるのか、はたまたロシア国民はそれでしあわせなのか、ウクライナは戦うしかないのかと思索する。
人間が勝手に線引きしているけれど、地球はだれのものでもない。あるたったひとりの幻想のために、多くの人々が犠牲にならなければならないことに矛盾を感じているという。これまで、社会的な作品を手かげたことはほとんどなかった。しかしロシアに侵攻されたウクライナに関しては、作らざるを得なかった。
それが「ウクライナの悲しみ」。現在、中央台飯野二丁目のアートサロンいわきで開かれている「安斉重夫・鉄の彫刻展」(6月末まで)に展示されている。他国に避難するため国境に向かって歩く人たち。犬を先頭に子どもやお母さん、杖をつく老人……みんな荷物を背負い、なかには両手もふさがっている。
18歳から60歳までの男性は出国を禁止されているので青年、壮年、中年の男性はいない。ウクライナに大切な人を残し、いろいろな思いを抱えながら避難しようとしていて、それぞれのここに至るまでの道のりがある。
教壇に立っていたころ、安斉さんはよく生徒に「咲いている花を取れば、自分のものになるのか。美しさを自分のものにするのは、花を取ることなのか」と尋ねていた。北海道を旅した時に、スズランなどの花を観光客に取られてなくなってしまうと、聞いたからだった。
どんなに美しくて自分のものにしたいと思っても、自分のものにする=花そのものを取ることではない。取っても花は枯れ、美しさはなくなる。自分のものにするとは、こころに焼きつけて画家なら絵を描き、彫刻家は形にし、詩人は言葉で表す。
それは結局、自分を見つめることにほかならない。ある対象物やテーマを自分のものにするには、安斉さんの場合、自身のこころの森を鉄で表現し、互いに響き合うことを大切にしている。自らをよく見つめれば、自分のなかに自然も宇宙もあることがわかる。
「ウクライナの悲しみ」もそうして作られた。「ウクライナを攻めて、自国の領土にすることがしあわせにつながるのですか」。作品はそう静かに問いかけている。
特集 心平のおくりもの |
いわき市立草野心平記念文学館で6月26日まで、企画展「草野心平の命名 名前・名前・名前」が開かれている。「生きとし生けるものへの愛」ともいえるまなざしを持ち続けた心平。その温かいまなざしを中心に戦争詩「白道」、ビキニ核実験の核に関する詩、いわきへの思いなどを紹介する。
命へのまなざし
戦争のこと
核に対する思い
心平といわき
記事 |
白水阿弥陀堂のハス再生に向けて
いわき市内郷の白水阿弥陀堂のハスは、今年も咲かなかった。市は福島高専のアドバイスを受けながら再生に取り組んでいる。原因は新芽をアカミミガメ(ミドリガメ)やアメリカザリガニが食べてしまうこと。新しい根茎を移植してそこにカメなどが入らないように柵を作るなど、ハス復活へ向けて動き出した。
絵本「くじらのなみだ」のこと
いわき市小名浜栄町の小野浩さん(67)絵本『くじらのなみだ』(でくのぼう)を出版した。小野さんの文章に、長年、親交のある絵本作家の野村たかあきさんが絵を描いている。江戸時代、いわきの海では鯨捕りが行われていた。絵本はその歴史と生業、そして、くじらの涙の思いを子どもたちに語っている。
SDGs
学生服リユースショップ「さくらや いわき店」のはなし
いわき市平下神谷後原にある「さくらや いわき店」がグランドオープンして半年が経つ。学生服のリユース(再使用)ショップで、着られなくなった制服を集めて、必要な家庭に手ごろな値段で販売している。卒業と入学、夏服への衣替えを経て少しずつ「学生服のバトンタッチ」が広まりつつある。
連載 |
戸惑いと嘘(81) 内山田 康
見え隠れする傷跡たちの間で①
時空さんぽ 再び 〜磐城平城を訪ねて(29)
其の二十七 四町目
阿武隈山地の万葉植物 湯澤 陽一
(60)ヤマグワ
ひとりぼっちのあいつ(40) 新妻 和之
生徒の傍には先生が居て、生徒と先生の傍には…②
DAY AFTER TOMORROW(232) 日比野 克彦
あるひととき
わからないまま引き受ける
コラム |
ストリートオルガン(172) 大越 章子
トーベと戦争
好きなことは互いの世界を村長できる