第511号

511号
2024年6月15日

      風に立ち向かい続けた人

 いつの間にか
 当たり前のことを言うと
 さわぎになる国になって
 しまいました。

 矢祭町長を務めた根本良一さんが亡くなった。86歳だった。
 「合併しない宣言」「住基ネット接続拒否」「もったいない図書館」「職員の家でも申請事務を行えるシステム」…。6期24年続いた根本町政は次から次に話題を提供し、福島県の南端にある小さな町は全国に知られることになった。

 根本さんは「百年後も矢祭町として残し、子どものためのまちをつくる」という思いを実現するために、身を粉にして働いた。職員や議員を減らし、直接出向いて企業誘致を実現させ、役場のトイレ掃除もした。切り詰めた財源は中学3年生全員のオーストラリア旅行や第三子への100万円贈呈(現在は50万円)など、子どもたちに投資した。
 ただ、うまくいかなかったこともある。矢祭独自の教育と第2役場構想。歴史好きの根本さんには江戸時代の藩校のイメージがあったのかも知れない。しかし、県教育委員会という旧態依然の権威的な体質の壁は高くて厚く、残念ながら矢祭町としての自由な教育は実現できなかった。
 第2役場構想は役場のスリム化と町民参加の新しい役場づくりだった。守秘義務が必要な事務は町の職員が担当し、それ以外のものは研修を充実して町民が担うようにする。そのために学者を招いて検討委員会を設立する準備もした。しかし途中で任期満了となったために後継者に託さざるを得なかった。そしてこの計画は頓挫した。
 矢祭と根本さんの名が知られ始めると、さまざまな人が訪ねてきた。作家の陳舜臣さんもその1人だった。陳さんは根本さんに言った。
 「1番心がけなければいけないのは、町政執行に倫理性があるかどうかです。風に立ち向かう生き方をしているからこそ、前からも後ろからも斜めからも見られる。それを肝に銘じてください」

 根本さんがめざしたものは、住民を巻き込んでの自治だった。そこには「明治以来進められてきた官僚主導の人造国家を崩す」いう信念があり、政府や県が押しつけてきた理不尽な要求は体を張って跳ね返した。住民本位という揺るぎのない心棒と生まれ育った矢祭へのだれにも負けない強い思い。それが根本さんの原動力だった。

 国には「市町村長として通算20年以上在職し、地方自治の発展に功労がある者」に対する表彰制度がある。町長を24年務めた根本さんは対象者の1人だったが、総務省は「矢祭町は住民基本台帳ネットワークに参加しておらず、町長が住民基本台帳法に違反している」との理由で授与しなかった。それこそが、根本さんにとっての見えない勲章といえた。

 恒例のユーパル矢祭での会食会で根本さんは含み笑いをしながら言った。「斜めから見られると、ばれるんだよ」。そのときの表情が忘れられない。


 特集 収蔵庫のはなし その1

昨年の夏、国立科学博物館が「収蔵庫の維持管理」を目的にクラウドファンディングを行い、話題を呼んだ。収蔵顧問団は博物館や美術館にとって、避けては通れない。いわき市内の石炭・化石館、美術館などを中心に話を聞いた。また、新収蔵庫を隣接地に建設した栃木県立博物館の取り組みも紹介する。

収蔵の中心は炭鉱資料と化石
いわき市石炭・化石館のはなし

どれだけ持ち綴られるか
いわき市立美術館のはなし

古文書の散逸を防ぐ方策も課題
ほかの施設のはなし

保管・保存する大切さを知ってもらう
栃木県立博物館の新収蔵庫のはなし

  石炭・化石館に収蔵庫

 記事

鎮魂歌 元矢祭町長 根本良一さん

独立自尊の精神を貫くために国と対峙した
「合併しない宣言」などで話題を集めた根本さんが亡くなった。享年86。6期24の町長職を通して根も多産は何をしたのか。その言葉や施策を通して根本さんを偲ぶ。その腹心ともいえる古張允さんからも話を聞いた。

古張允さんのはなし
商才に長け、面倒見が良かった
手のはなし

88年前の地図


専門店がいくら頑張っても成り立たなくなった
中野洋品店 中野芳子さん
平字二町目と言えば、中野洋品店のモダンな建物。残念ながら3.11の地震で解体された。中野芳子さんに建物ことや中野家について話してもらった。

平の田町の火


5月26日の10時前、平の繁華街・田町で火事があり、13棟が燃えた。この火事で田町はどうなってしまうのか、さまざまな角度から話を聞いた。
居酒屋さんのはなし
風が強かったので心配した

86歳で亡くなった根本良一さん
 連載

木漏れ日随想(20)佐藤 晟雄
忘れ得ぬ一編の詩



DAY AFTER TOMORROW(256) 日比野 克彦

ニューミュージアム

美術館の堅苦しさに挑戦する試み
 

 コラム

ストリートオルガン(191) 大越 章子

フジコさんと投網子さん
人生に無駄なことは一つもない