第45回衆議院選は30日に投票と開票が行われ、民主党が308議席を獲得して政権交代を現実のものにした。いわき市を中心とする福島第5選挙区は吉田泉氏(民主)が135692票を獲得し、坂本剛二氏(自民)に46724票の差を付けて、初めて小選挙区での勝利を手にした。両候補者の戦いを振り返る。いわき市の最終投票率は67.02%。
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選挙戦3日目の20日にパレスいわやで開かれた個人演説会だった。応援演説に立った民主党福島県連代表の玄葉光一郎氏は断言した。「こういう状況でも小選挙区で勝てないと、吉田泉さんに未来はない」。こういう状況とは民主党優勢の追い風。翌日、渡部恒三氏といわき駅前に立った際も、玄葉氏はあえてそれを繰り返した。
47歳で市議に初当選した時、泉氏は「50代は公のために尽くしたい」と語った。その4年後、民主党から初めて国政に立候補した。二大政党を確立させ、変わらない政治に競争原理を持ち込んで転換することが、その理由だった。
それまでの泉氏の活動から国政、それも民主党からの出馬に疑問を持つ人も多かった。それに応援する小さな力の結集を統率できる人がいず、高校の同級生でもある吉野正芳氏に3万5千票の差で負けた。その3年後、今度は吉野氏のコスタリカの相手である坂本剛二氏と戦い、票差は1万6千票まで縮め、比例で初当選した。
そして4年前、再び吉野氏と戦って約2万票の差で負け、比例での当選となった。小泉劇場の嵐のような自民党風が吹き荒れてはいたが、一方で、吉野氏は同日選挙になったいわき市長選の自民党分裂の渦中に立たされ、厳しい選挙戦を強いられていた。勝てない選挙ではなかった。
「小選挙区で勝つ」のハードルが、泉氏と支援者たちの前に立ちはだかっていた。「今度は負けられない」。玄葉氏がそれに追い打ちをかけた。それでも気負いなく、あせらず等身大で、考えを有権者にきちんと聞いて判断してもらう、泉スタイルの選挙は変わらなかった。
しかし政権交代の民主党風、それに泉氏の選対にはない従来型の着実な選挙スタイルに徹する郵政政策研究会県浜通
り地区の支援、吉野氏の3区鞍替えで動きやすくなった高校の同級生たちの応援、共産党候補者の不出馬などが追い風になり、剛二氏に4万6千7百票ほどの差をつけて当選した。
一喜一憂はするが、泉氏はその感情を周囲にあらわにすることはない。でも当選万歳の後、記者たちのインタビューに答える泉氏の目は少し潤んでいた。今年、60歳になった。政権与党の中堅議員として、国のしくみをどう考え、国の姿をどう描くのか。これからが本領発揮だろう。
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坂本剛二さん得意のゴール前でのまくりは、スタート直後からまともな向かい風を受けて消耗し、不発に終わった。それでも敗戦の弁では「これからは一国民として民主党の政策を見極めていく。政界から身を引く考えはない」と、自民党福島第五支部長のポストに留まることを明言。引退をきっぱりと否定した。
過去に6回の当選を立たしているベテラン。それでも今回は政権交代風が吹き「毎日、のたうち回りながら、支持を広げるために歩いています」という苦しい選挙戦だった。そもそも坂本さんの選挙は「剛ちゃん党」とも言える身内的結束の強い選挙で、個人の魅力をアピールできる中選挙区に向いている。自民分裂の市長選をすぐあとに控えての党映選挙、しかもテーマが「政権交代」。「剛二か泉か」ではなく「自民か民主か」の争点に持ち込まれては、その人柄をプラスにする余地もなかった。
自民党がした経済政策と民主党批判を繰り返す党幹部の声も、ただ虚しさだけが残り、心に響かない。総決起大会で剛ちゃんが「あきらめないで最後まで頑張りましょう」と必死に訴えても、会場の反応は鈍かった。
取材中にある人がポツンと漏らした言葉。「飽きられてるんじゃないか」。それはこれまでの実績を問う声でもあった。選挙のかたち、議員のあり方、有権者の意識、そして政治家と有権者との距離、関係。そうしたものが、少しずつ変わり始めている。今回の敗北は、そうした胎動の気配を、剛ちゃん党に学ばせた選挙でもあった。
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