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画・松本令子



ショパン200歳

 ショパンには謎が多いという。誕生日もそうで、ショパン自身は1810年3月1日と記しているが、ワルシャワの墓碑銘は1809年3月2日、書物も1809年3月1日という記述があるし、洗礼証明書は1810年2月22日になっている。どれも確証はなく、一般には1810年3月1日とされている。

 生誕200年の今年、ショパンにふれることが増え、さまざまな機会に人生を含めてショパンの世界を巡っている。ゴールデンウィークにアリオスの大ホールで聴いた小山実稚恵さんのピアノコンチェルトの一番もすてきだったが、その2日前の晩に小ホールで行われたトークショーでの小山さんのピアノは美しく、一音一音が真珠のようだった。
 サロンなど小さな場所で繊細に音を奏で、200人以上の前では演奏しなかったというショパン。ピアノを深く理解し、頑なにピアノ曲だけを作り続けた。そのショパンの曲を、日本人で唯一ショパンコンクールに入賞している小山さんが、200席の小ホールで演奏し、曲に込められたショパンの思いをより感じることができた。

 小山さんのピアノは2年前と、中学生のころに聴いたことがあるが、小ホールでの演奏は聴く人たちをショパンにぐっと近づけた。もちろん、曲への理解を深める努力を常に怠らない小山さんの姿勢は大きいが、ショパンのピアノ曲は小スペースで演奏してこそ、心のひだのような微妙な表現まで聴けるのかもしれない。
 以前、市立美術館で聴いたベートーヴェン時代のフォルテピアノでの「月光」の演奏もそうだった。現代のピアノと比べてフォルテピアノは音がやさしく繊細で、ニュアンスに富んでいて、ベートーヴェンが描いた月光の表現に初めてふれた気がした。
 おおらかで、大会場で大量音の演奏を好んだリストを嫌っていたことからも、ショパンは音にならない音の表現まで追求したのではないだろうか。

 小山さんはトークショーの最後と、ゴールデンウィークのコンサートのアンコールに「ノクターン第二十番変ハ短調『遺作』」を弾いた。映画「戦場のピアニスト」のモデル、ウワディスワフ・シュピルマンと、革命直前に20歳で祖国を離れ、39歳で亡くなるまで再び祖国の地を踏むことがなかったショパンの思いが入り混ざり、平和を願う音に聞こえた。

 



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