豊田正勝さん(56)は田人町旅人の原生林の森のなかで生まれ育ち、いまも暮らしている。国道289号線から東白川郡鮫川村との境近くで林道に入り、奥まで行ったところ。自宅前の小川を渡ると茨城県で、川向かいにも保安林が広がっている。
曾祖父の代からそこに住み、木を伐り、畑を耕してきた。「こんな山の中に入り込んだところだけれど、土器が出てくるから、たぶん古くから人は住んでいたのじゃないかな」と、正勝さんは言う。小学生の時、学校帰りに森を歩いていて、キラリと光るものに気づき、とても怖い思いをしたことがある。たぶん、あれはイノシシだった、といまならわかる。
いま、木々は芽吹いてきたところ。春のにおいがする。正勝さんは森を歩きながら、生命を感じ、自然の営み、摂理の神秘さを思う。時には木に話しかけることもある。木は何も言わないが、元気づけ、励ましてくれる。そして、人間は自然のなかで生かされていると思う。
森は日々、何かしら変化があり、それぞれの季節で違ったにおい、雰囲気がある。眠っているような雪景色の冬、芽吹いた青葉のにおう春には希望が漂い、緑いっぱいの夏は森全体に爽やかな空気が流れ、1年の締めくくりの秋には木々の葉が一生懸命に化粧をし、それから1枚ずつ枝を離れていく。
「目や耳、鼻、皮膚など五感で四季の素晴らしさを味わえるのが森暮らしの魅力」。正勝さんは言う。ただ先祖代々の土地を守りたいという思いだけで、ずっと森に住んでいるわけではない。もちろん森での生活は不便で、嫌になることも多い。でも、言葉でうまく表せないが、離れがたいよさがある。
森で暮らしながら、なぜこんな森にいるのだ、と正勝さんは不満に思っていた時期もあった。しかし40歳を少し過ぎたころから、森への感情は大きく変わった。田人に移り住んできた芸術家たちと話をするうちに、身近すぎる大切な存在に気づいた。華やかさはないが、森にはほっとする世界がある。
しかし、県内の他市で暮らす息子さん(23)に「家に戻って来い」とは言えない。休日には地区作業の集まりがあるし、家から通える仕事では中途半端になってしまう。それに山を守ることも大切だが、世の中のことも知ってほしいと思う親心もある。
原生林の森そのものに変化はないが、そこに見られる動植物には異変を感じる。タヌキやイノシシ、キツネなどの動物は道のわきまで出てくる。草花は外来種が増え、木の実が減った。マイタケ、キクラゲなど何でもあったキノコもすっかりきれいに消えた。カタクリなどの野草も減っている。
原生林の周囲が杉山になってしまったことも要因だが、道路が整備されて車でどこまでも入って行けるため、よそから来てみんな取ってしまう。キノコなら5本のうち1本は残す、山野草は眺めて楽しむなどの森の常識を破って、自分本意の行動をしている。川の水量は半分以下に減り、集中豪雨の際には一気に増えて、川底が深くなっている。
正勝さんが疑問を感じているのは国有林の管理の仕方。必要のないところまで山中に道路を造り、木の伐採など山の手入れはただしているだけで、伐りっぱなし、やりっぱなしで沢も汚れている。昔、愛林組合などそこに住み、森をよく知る人々が委託されて手入れをしていたころは、こんなに山は荒れていなかった。
ほうっておくだけでは自然は守れず、ある程度、手入れは必要で、その辺の調和が大切と、正勝さんは言う。住みよかった里山は見る影もない。「森のなかでコンサートをしたい」。正勝さんのいまの夢だ。
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