歌を詠むのは好きですね。あの五・七・五・七・七のリズムが、わたしの体質に合っていたのかなと思います。長年やっていても、上達することはないのですけれど。
いわき市三和町下市萱で暮らす大谷道子さん(78)はそう話す。5歳の時に鉄道員だった父をなくし、両親の郷里の下市萱に母と妹と移り住んだ。その母も51歳で他界し、翌年の昭和35年ごろから歌を詠み始めた。
きっかけはどこからか回ってきた、同じ村に住む草野比佐男さんの歌集『現代襤褸派』を読み「わたしもやりたいな」と思ったことでした。それまで石川啄木や与謝野晶子などを読んではいましたが、作者になってみたいとは思いませんでした。でも比佐男さんのその本が転機になりました。
対象はいろいろです。自然もあれば、日常のくらしや家族など、こころに引っかかった時、引っかかったものをメモし、あとでまとまるものも、まとまらないものもあります。ある程度まとまると、郵便で比佐男さんに送って、文法も何もわからず入ったので、そういうところを直してもらって、また郵便で返ってきました。
そんなことが2、3年続きました。比佐男さんは厳しかったですよ。歌を送るようになって1年ぐらいしてから、いわき歌話会だったか、初めて比佐男さんにお会いしました。すてきな名前なのに、イメージと違ってごっつい方でした。
それからはもう詠むのをやめられなくて。いまは勿来短歌会と湯本のおだまき、県歌人会に入っています。1人でやっていると、ひとりよがりになってしまいますし。昼間は主婦をして、夜は何かを読むか、書くかをしています。読んでいるのは「NHKの短歌」と短歌新聞です。
平成14年に歌集『螺旋階段』を作りました。70歳になったのでそれを契機に。娘が手伝ってくれました。題名は前から考えていました。六百首近い歌も自分で選びました。比佐男さんが亡くなる前の年で、添文を書いていただきました。比佐男さんの添文は、わたしの夢の一つでした。
歌集『螺旋階段』は昭和35年から平成13年までに詠んだ歌が入っている。独身時代、結婚、子育て、家族とのくらし、親しい人々の死、四季の移ろい、旅などが歌われている。添文で草野比佐男さんはこう書いている。「思うに大谷さんはみずからの人生を確認するために短歌を必要とした」。そして「前世紀の前半に生まれて老境のとばくちが新世紀のとばくちに重なるこの国の女性の人生が浮彫りにされる」と。
これまで詠んだ歌は2000首以上ありますが、わたしは多作な方ではありません。その歌はアルバムでもあるし、自分史のようなものでもあるね、と言われます。
このごろは、こころのなかを詠みたいと、思っています。心象風景というか。友達がなくなったり、身近な人がいなくなったりしているので。でも、なかなか表わせなくて、何しろ力不足です。人の真似はしたくないし、自分の言葉で自分の気持ちを詠みたい、というのがあるものですから。歌はやめられないですね。
完走と娘よりメールの返信 拍手の絵文字 捜し添へたり
今年のいわき市短歌大会で、教育長賞を受賞した道子さんの作品。平成6年には市長賞を受賞している。先日、愛猫のハナちゃんを亡くし、次のように詠んだ。
縁ありて家族となりし日も浅く 儚なく 逝けり小猫のハナは |