第457号

457号
2022年3月16日

 

早く戦争が終わりますように。
そして世界中の人々が平和に暮らせますように

 カテリーナさん(35)はウクライナの民族楽器「バンドゥーラ」の奏者。リュートとツィターを合わせたような形をした楽器を膝にのせ、60本ほどある弦を両手の爪ではじき、繊細でなつかしい音を奏でながら歌をうたう。
 1986年にウクライナのプリピャチで生まれた。プリピャチはチェルノブイリ原発の建設に合わせてつくられたまち。生後、1カ月で原発事故が起き、一家6人は百数十キロ離れたキエフの仮設住宅での生活を余儀なくされた。
 6歳の時、原発事故で被災した子どもたちの音楽団「チェルボナカリーナ」に入団。1996年にはコンサートのために来日し、言葉がわからなくても音楽で通じ合えることに感動したという。ウクライナの専門学校で音楽を学び、2006年、日本で暮らし始めた。
 その後、結婚して母になり、バンドゥーラの音楽を少しずつ広めてきた。福島第一原発事故後は、いわきはもちろん福島県内の仮設住宅や学校、病院などで数多く演奏し、3月11日には亡くなった人々に歌で祈りを捧げている。

 先月24日、ロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻が始まった。首都のキエフには母のマリヤさん(68)が暮らしをしている。父のミハイロさんは原発事故後もキエフからプリピャチに通い、原発で使った防護服を除染する仕事を続けていたが、2010年、膵臓がんで亡くなった。
 ひとり暮らしをしているマリヤさんに、カテリーナさんは毎日、連絡していた。避難を促しても、外に出ることを怖がって「いやだ。無理。できない」と、しようとしなかった。戦火が迫るなか、カテリーナさんの友人がマリヤさんを駅まで車で送り、電車に乗せてくれた。
 マリヤさんは立ったまま十二時間揺られて、ウクライナ西部の都市リヴィウに着いた。まちはポーランドまで徒歩で向かう長い列ができていて、足の悪いマリヤさんも加わった。途中で出会った若い夫婦に助けてもらいながら、なんとか国境を越え、ポーランド国内に入り、いま避難所にいる。
 キエフを6日朝に出て、ポーランドに入るまで2日かかったという。カテリーナさんは13日、ポーランドに向かい、マリヤさんを日本に連れてくる。
 
 ポーランドへ行く2日前の3月11日、カテリーナさんは道の駅よつくら港でコンサートを開いた。最初の曲はウクライナ民謡「金色の花」。金色の花を見ると遠い故郷、離れている母を思い出すという歌。それから「花は咲く」「涙そうそう」。3曲目の演奏が終わると、午後2時46分を知らせるサイレンが鳴り響き、そこにいたすべての人が黙祷した。
 最後の曲は「イマジン」。故郷が戦禍にあるなかで、カテリーナさんは音楽をやめようと思った。しかし、ミハイロさんに言われた言葉を思い出した。「何があっても音楽をやめないで。世界中の人々に音楽で希望の灯を届けて」。だからカテリーナさんはバンドゥーラを奏で歌う。早く戦争が終わりますように、そして世界中の人々が平和に暮らせますように、と願いながら。


 特集 この11年

浪江町

 福島県浜通り地方のほぼ中間に位置する浪江町は避難指示解除区域(町役場や国道6号付近)、災害危険区域(請戸など海岸部)、帰還困難区域(津島など山間部)に分かれている。昨年3月に「道の駅なみえ」などがオープンしたが、帰還率は8%にも満たない。2011年の震災前と震災後の浪江町。以前の風景を思い出しながら、この11年を振り返る。

 追憶 3.11
 浪江という町
 この11年
 いまを歩く

浪江町大字請戸

 海岸から300mのところにあった請戸小学校は校舎2階の床まで津波がきたが、1キロほど離れた大平山に避難して、子どもたちも先生も全員無事だった。昨年10月から、請戸小の校舎が震災遺構として一般公開され、当時の避難した様子や津波に襲われた状況などを伝えている。

 2011年3月11日の請戸小学校
 トラック運転手 國玉雅英さんのはなし
 絵本 『請戸小学校物語 大平山をこえて』
 震災遺構「請戸小」を訪ねた

浪江町大字権現堂

 権現堂は浪江町の中心部で、いりの舎の三原由起子さんのふるさと。三原さんにお願いされて歴史学者の西村慎太郎さんは『「大字誌浪江町権現堂」のススメ』(いりの舎)を出版した。その本と出版を記念して開かれたシンポジウムでの三原さんと西村さんの話から、大字誌をまとめる意味を考える。

 『「大字誌浪江町権現堂」のススメ』のはなし
 三原由起子さんのはなし
 西村慎太郎さんのはなし

 連載

時空さんぽ 再び 〜磐城平城を訪ねて(23)
其の二十一 御殿・弐


阿武隈山地の万葉植物 湯澤 陽一
(54)ヤマザクラ


ひとりぼっちのあいつ(34) 新妻 和之
教えることは学ぶこと①


DAY AFTER TOMORROW(229) 日比野 克彦

ウクライナ侵攻
一人ひとりがどうすべきか考えよう

 

 コラム

ストリートオルガン(169) 大越 章子

ユージンからのメッセージ
時に1枚の写真がわれわれの意識を呼び覚ます