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菜の花の歌日記(9)
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菜の花(6)母と娘たち


其の九 祈り

 君枝さんが入院してから、登喜雄さんは欠かさず毎日、病室に見舞った。それも朝と夕の2回、時間が取れるとお昼も会いに出かけた。「けさは何を食べたの?」「何か持ってくるものはある?」と言葉を交わし、3、40分ほどそばにいて家に戻り、また仕事場のミシンの前に座った。
 君枝さんは家族や友人たちが来ると起きて応対し、会話を楽しんだ。いつもの明るさで、冗談を言って自ら笑い、笑わせた。胸水は抜いてもまた溜まり、吸入器の酸素レベルは上がり、吐き気があり、むくみは腕から手に広がった。
 「昨夜は眠れなかった」「背中や腰が…」という言葉が、君枝さんの口からポツポツ出た。長女の美枝さんはお湯で絞ったタオルで背中をふいてローションを塗り、足も洗ってマッサージした。「せいせいする」と、君枝さんはうれしそうで、心地よいひとときだった。

 食欲も段々なくなってきた。「給食を止めて、家から食べられる物を持ってきた方がいいかもしれません」。医師からのアドバイスで、登喜雄さんのお弁当づくりが始まった。朝、夕の2回。それぞれ7種類の食べ物を用意するように、自分にノルマを課した。
 焼き魚、煮物、刺身…。ご飯とみそ汁は保温ジャーに入れて、冷や奴は氷水で冷やし、1番おいしい状態で食べられるようにした。君枝さんの生きるエネルギーを作れることに、登喜雄さんは喜びを感じたが、そのうちに7種類のメニューのサイクルが自然にできて、何を作ったらいいか頭を悩ませた。
 「食欲は病気の進行状態を測る1つの尺度」。お弁当を運びながら、登喜雄さんは思った。君枝さんが食べた様子をメモし、昨日より食べた量 が多いとうれしくなった。「お母さんが食べると、お父さんが喜んでいるよ」。次女の令子さんの言葉に「じゃ一生懸命食べて、早くよくならなきゃ」と君枝さんは笑った。

 登喜雄さんがお弁当を作り始めて数日後、医師から病状の説明があった。水が入らないように肺を癒着させて膨らます方法もあるが、その手術をしても状態の改善は難しく、いまの治療を続けるしかなかった。
 一進一退を繰り返しながら、病状は悪化していった。ものを書いたり、本を読んだり、CDを聞いたり、そういう生きる余裕を感じさせることから、君枝さんは遠ざかっていった。それでも孫にあかんべいしたり、笑いをなくすことはなかった。
 11月末、ちょっとした出来事があった。トイレに行こうとして溜まった水を出す圧力機につまずいて転び、右の眉辺りから血が噴き出して、君枝さんが興奮気味になった。病院からの連絡で、登喜雄さんは急いで駆けつけた。君枝さんは熱があり、足もむくんでいた。右手は震え、大好きな刺身も食べられなかった。
 それから数日後、チューブから水が出にくくなって、もう1本増やして水を抜き始めた。チューブを2本にしても、水は思うように出なかった。明日から12月という日、医師は再び、登喜雄さんに病状を説明した。胸水にはフィブリン線維が浮遊している、という話だけだった。もうそれ以上、説明のしようがなかった。

 どうか、どうか、治ってください
 ばあちゃんは私たちに必要な人です
 どうか、どうか、治してください
 誰に頼めば治るのですか
 どうか、どうか、笑ってください
 ばーちゃんイコール笑顔ですから
 どうか、どうか、信じてください
 負けると決まったわけじゃない

 君枝さんのベッドサイドには、4人の孫たちが作った3千羽の折り鶴が飾られていた。「どうか、どうか、元気になりますように」。だれもが祈った。





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