戦後という時を通り過ぎたころ、地方百貨店をつくる動きが大きなうねりのように全国で起きた。「平にも百貨店をつくってほしい」。当時、衣料のチェーンストアだった大黒屋には、市民からそんな声が寄せられていた。
都市のステータスシンボルだった百貨店。それがなければ、まちは都市と思われない時代だった。福島高専で教授陣を集めようとしても「デパートもないまちには行きたくない」と、教授陣の奥さんたちの反対に遭ったという。
人々の思いに動かされ、大黒屋の社長はデパートの建設を決心したが、既存の平3町目の店舗を拡張してデパートにすることは難しかった。人が歩いて買い物に来るとは思えない平公会堂の跡地に、それも資金的に大変な無理をしての建設は大冒険だったという。
デパートは散歩しながら買い物を楽しめる場所だ。目的なくゆっくり歩いても、わくわくできる。うろうろしていると、整然と陳列されている物との思わぬ出会いがあり、迷って数回通った後に運命を感じて買うこともある。そういう買い物の楽しさは、ほかの土地にあるデパートでは味わえない。近くにあるデパートだから散歩ができて、出会いもある。
大黒屋百貨店がなくなって2年。散歩をしながらの買い物ができなくなった。楽しさは激減し、買い物するための買い物が増えた。ひそかに、いわき駅前界隈と本町通りの商店街に「ぐるり歩いてデパート」のような動きを期待したが、まったくその動きはない。それならば、沖縄のある町の商店のように、市民が株主になってデパートをつくるのもいい、とも考える。
地方のデパートは単にものを売るだけでなく、文化の綿毛を飛ばしてもいる。そしてまちのシンボルで、リーダーでもある。
大黒屋百貨店は民間企業でありながら、かなり公共的な役割を担っていた。デパートがなくなったいわきのまちにいま、シンボルもリーダーも存在しない。デパートがほしい。
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