ハモとアナゴのように磐城の言葉が共通語と反対なものがまだある。海藻のカジメとアラメである。江戸末期の文政十一年(一八二八)に版となった『陸奥国磐城名勝略記』の著者・鍋田三善(一七七八―一八五八)は、こう述べている。
「海帯 和名抄曰 滑海藻、和名阿良女、海人これをカジメと言う。按ずるに大和本草はカジメ者別種也」
今、浜の者はこの違いをほとんど知らないが、江戸時代の一部の学者たちは、すでに知っていたわけだ。
磐城語ではカジメ、正しくはアラメについて、保育社版の海藻辞典は「多年生海藻で一年目の体はササの葉形で短い茎を持つ、葉にはしわがある。葉の縁辺にはバンド状の小さな葉が羽状にでる。秋には葉の大部分は枯れて消滅する。やがて冬〜春に茎の上端部が又状に分枝して、その先に細長い葉を多数つける。(中略)大きくなると一〜二メートルの高さになる。ふつう深いところに生育するものは低い」とある。
カジメにちなんだ面白い話がある。今は亡き高木武雄翁が話してくれた。
戦時中のことだ。当時の江名町漁業会の伝馬組合?では、軍の命令によりヨードを納めることになり、その原料のカジメ(アラメ)刈りを行うことになった。江名の伝馬船も神白の三崎沖に出漁して、慣れない三崎のカジメを鎌で刈ろうとした。そころがそのカジメが腕のように太く、手でつかんで刈ろうとしても鎌は根に届かず、あわや溺れるところであったという。
このカジメが群生していた場所は、それまでだれもカジメ刈りに入ったことがなかったため、一間(一・八メートル)以上もある巨大な化け物カジメが生えていた。しかも、このカジメはタイやイワシなど磐城沖で獲れる魚の産卵場であった。その神秘的で大切な場所を「戦争のため」という人間の都合で刈り取ってしまったのだ。戦争というのは、こうしたところにも影響を及ぼすのだ。
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(いわき市文化財保護審議会委員)
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