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 南会津郡檜枝岐村の、短い夏。
 休日は、客のいない湯船で身体を思いきりのばし、檜枝岐川の釣り人を眺め、湯からあがると罐麦酒を片手に、バスの停留所の長椅子に腰かけ、標高一千メートルの、村の小道をゆったりと流れてゆく雲の行方を目で追いながら、ずっと遠くまで思いをはしらせる。
 それから、自然の大きさに見あった、巨大なカラスアゲハやオニヤンマの乱舞する青空のした、赤や青、極彩色の花咲く村はずれの小道を、くねくねと蛇のように歩いてゆく。全身の鱗を緑色に染めながら。
 湧き水のある場処までくると、喉をならしながらしこたま飲みこみ、また今きた小道をくねくねと戻ってゆくのだが、不思議なことに汗ひとつかくことのない、暑く、乾いた、檜枝岐の夏であった。
 帰り道。村はずれの、赤いよだれかけをかけた可愛らしい六体のお地蔵さん。『六地蔵』と呼ばれ、子授けの野仏。この前を通るときは必ず手を合わせ祈った。
 次の年の夏、願いどおり娘が生まれた。


 山裾から突然、モアイ像のようにそびえたつ檜枝岐の山々も紅葉に染まりはじめ、やがて炎と化し、その移りかわりの早さは、何かに急かされているようであった。
 よく晴れた日、ぼんやり空を眺めていると、無数のキラキラした細長い糸のようなものが、風に愉しそうに舞っている。
 『雪むかえ』と呼ばれ、この糸のようなものが飛ぶと間もなく雪が降りはじめ、本格的な冬を迎えるという自然からの音信であった。
 キラキラ輝く糸は、蜘蛛の糸で あり、ある種の蜘蛛が雪が近いことを知ると、お尻から垂らした糸 を凧の足のように操り、上昇気流に乗って飛ぶのだそうだ。
 蜘蛛が空を飛んでから間もなく、雪がやってきた。檜枝岐の紅葉した山並を切り裂くように、水平に吹雪いてゆく雪の静けさ、その白に交じることのない山々の燃えあがる赤。ふたつの季節が奏でる音楽にじっと聴きいっていた。
 三度目の雪の日。四ヶ月の間に幾つもの季節を体験したぼくは、檜枝岐村を後にする。
 ちょうどその日は、ぼくの三十三回目の誕生日であった。
(詩人)


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