
閼伽井岳には、龍燈にまつわる伝説があって、それを長久保赤水という江戸時代の地理学者が、こと細かに書き綴っている。そして、その文章を刻んだ石碑が閼伽井岳・常福寺の近くに建っているという。
閼伽井岳の龍燈伝説というのは、まず、夕暮れ時、ちょうど空に一番星がまたたきだす頃、四倉の海で不思議な「火光」が発生する。「火光」は鎌田川(夏井川)を遡り、やがて、閼伽井岳の麓に達すると、山中の大きな杉の枝などに取り付く。黄昏時から翌日の明け方まで、「火光」は次々とやって来て、枝々に取り付き、森に入り込む。あたりは数え切れないほどの「火光」の光に満たされる、というもの。
この類いの奇怪な「陰火」現象は、中国などにもあるそうだが、何とも説明のしようがない。その説明不可能な現象が、このいわきの地で発生していたというのだから、なおさらのこと、興味をそそられる。
また、この龍燈伝説を書き記した長久保赤水という人物もなかなかに著名な人らしく、辞書には「江戸中期の地理学者。名は玄朱、通称、源五兵衛。常陸の人。水戸藩の侍講。地図・地誌の作製につとめた。著書に『日本輿(よ)地路程全図』『地球万国山海輿地全図説』などがある。1717〜1801」とある。
このような予備知識を胸に、意気揚々、僕は閼伽井岳に向かった。しかし、石碑は見つからない。
2度目も同じ結果だった。「赤井口から登って、常福寺入口の30メートルばかり手前」という新たな手がかりを頼りに探索を試みたが、だめだった。
僕の探し方が悪いのだろうか。
そして、3度目の正直。ついに僕は舗装道路のガードレールの向こう、草木が好き放題生い茂る藪の中に、長久保赤水の龍燈文を刻んだ石碑を見つけることができた。それは小さな碑だった。生憎の、雨の降る日だった。