はじまりの美術館(猪苗代町)で「きになる? ひょうげん2018」展(2月2日から3月10日)の審査会に参加しました。応募総数350点の中から、私が選んだ作品は織川知圭さんの作品「無題」です。これはB5サイズほどの紙に4体のゲームのキャラクターが描かれていて、紙の角は丸く切って、更に下の辺はくぼみを切り込んであります。作者はこれを20枚くらい作ると、それらを束ねて持ち歩きます。そしてあるタイミングでゴミ箱に捨てます。これを繰り返します。家族はそれを拾い集めてこの公募展にエントリーしました。作品は作る人と、それを見守る人とで社会に現れてきます。
上野の東京都美術館で第67回東京藝大卒業制作展(1月28日から2月3日)が行われました。2018年度に卒業する学部4年生約300人の作品が並びます。その中でひときわ人だかりになっている作品がありました。4つの黒い道が交差する八差路を16個の白い球が絶え間なく動き続けて、交差点を球同士が衝突することなく交差しています。
先端芸術科4年生の小野澤俊さんの「Mouvement act」という作品です。このぶつかりそうでぶつからない単純な球の運動に観客の目は釘付けになっています。展覧会初日にこの作品を見た人がネットに上げた動画がたちまち話題になり、日に日に人が増え、この作品を見に展覧会に来る人も現れました。驚くことに、短かい会期にもかかわらず、あっという間に、この映像が香港のサイトで話題になり、そして香港メディアが会場に取材に訪れたりもしました。
1人の人が作品を見守り続けないと見えてこない質のものと、情報メディアで瞬く間に拡散し、それを受けた多くの人が足を運んで見に来る質のものとがあります。質によって伝わり方が違えども、どちらも私には届きました。何億年かけて届く光もあれば、目の前で燃える光もある。どちらも私には届いています。
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