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12月25日 朝8時出発。ギザのピラミッドへ
濃い霧でピラミッドが見えない!入り口ゲートに来ても、すその所しか見えない。消えたピラミッド!撮影はどうなる!しかしじきに霧が晴れてきました。
ピラミッドが砂漠の中で遠目に見えるところまで歩いて行く。今回で4回目くらいのピラミッドで、今まではそばにしか行かなかったが、離れてみる景色は砂漠の中にぽつんと存在し、その偉大さがひと際感じられるものになっていた。
今回は4回目にして初めて、ピラミッドの中に入った。狭い通
路を腰をかがめながら登っていくと部屋があり、黒い御影石で磨き上げられた壁が、そして面
と面がぶつかった角が4つ天井にある。声が響き、荘厳であり、宇宙であり、時間がどこにも存在しない完ぺきな空間演出である。どうするここにいる?いつづける?しばしいたくなる。しかしそういうわけにはいかない。でもここに結構いられる気持ちになるのはなんだろうか?やはりピラミッドの中だというその意識が大きいのか、それとも実際にピラミッドの中だからこそ体感できる要素があるのか、声の響きは尋常ではない。これまできいたことのないような響き方である。
やはり空気の振れかたが違うのだろう。それは肌でも感じているに違いない。古代エジプトの人達はこの空間に何を求めていたのだろうか?永遠の命の時間の流れ?「どうやってピラミッドを造ったのか?」という話はよく聞く話であるが、それは外観を見て、こんなにも大きな石を、どうやって人力だけで積み上げたのだろうかという話である。
しかし「どうしてあのピラミッドの内部にある部屋を作りたかったのか?」という話は一般
にはあまり聞かない。正解はあの内部空間を創り出すには、あのピラミッドの外観が必要だったということなのである。人間の形を作ってから命を入れたのではない。命の中での営みが生き物の形になり人になっていったのである。
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