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岐阜県美術館で9月8日から「BY80s FOR20s」(バイ
エイティーズ フォーツゥエンティーズ)というタイトルの展覧会が始まりました。1980年代の個性豊かな活発なクリエイティブな活動が、2020年代の1人1人の個性を認め合う価値観の基盤であったのではないか? という仮説的な問いかけの展覧会です。
1980年代は今から35年前になります。私は1982年に西武グループの商業施設PARCOが主催する日本グラッフィック展での作品発表をきっかけにして、ダンボールを素材として使った作品を発表し、広告、舞台美術、パブリックアート、パフォーマンスなどなど様々なメディアで活動していきました。
70年代までの風潮とは異なった表現が、美術のみならず全ての表現領域で同時多発的に沸き起こって行きました。演劇界では劇団「夢の遊眠社」の野田秀樹、文学界では「限りなく透明に近いブルー」の村上龍、音楽界ではイエローマジックオーケストラの坂本龍一など、それまでの流れとは大きく異なったアーティストが出てきた時代です。
このような時代はその後1990年代に入り、アメリカからの日本に対しての金融政策により右肩上がりのスピード感が緩やかになりました。そして、バブルという一言でこの時代を語ることにより、80年代の文化を語ることがこれまであまりありませんでしたが、この時代の表現の広がりが、20世紀から21世紀への世紀をまたいでの前後20年となる、2020年代への新たな文化の価値観を築いていく基盤になっていた、と考えてみたのです。以下はそのステイトメントの言葉です。
BY80s FOR20s
ある物とない物がある。
物があることによりその物が生まれてきた背景があったということになるのか?
物がないとその背景らしき景色、その存在を見ようとする行為に至る糸を紡ぎ出すことができないのか?
物はなくなっていくけれど無くなりはしない。
ある物はなくなっていく、なくなっていくことは無くならない。
身体(私・他者)の記憶
身体の行為の奇跡がものとなり、身体への記憶(データ)となる。
身体への動きの誘いが私の記憶を紡ぎだし、他者の記憶をも紡ぎ出す。
人は移動する
「ここ」という場所から「あちら」という場所へ移動する、「今」という時から「戻る」という前と「進める」という前へ移動する、「自分」という身体から「他者」という身体へ移動する。
身体から人へ
身体をものとして客体化し、数値としてデータ化の試みを行う欲望の主は誰なのか?それはそれぞれの私という人であり、私への追求の一つである。
ひとりひとり
たくさんの私の共通した身体を語るのではなく、たくさんの私のひとりひとりの私を語ろうとする時代の始まりが1980年代にあり、そのひとりひとりの背景が風景として見えるようになってくるのが2020年代のような気がする。
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