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今私は滋賀県信楽から車で東海道本線の南草津駅まで出て、岐阜に電車で移動中。窓の外は真っ白。雪がすべてを覆い尽くしている。電車が走るとその振動で電線に積もった雪が落ちてくる。この辺りは雪が深い地域である。天下分け目の関ヶ原は天気の分岐点でもある。ここを過ぎれば嘘のように雪がなくなる。何度となくこの境目を私は行き来している。
信楽での用事は信楽陶芸の森美術館で3月から行われる展覧会の作品設営と壁画制作であった。この美術館に初めてきたのは12年前で、そのときに作陶、絵付けした作品が今年再び展示される。私も12年ぶりに自分の作品とご対面
である。なんら今と変わりはない気分になった。
担当学芸員が「この作品を作る時、日比野さんはサザンの
TSUNAMIと椎名林檎のXXXを聞きながら作っていたんですよ」と聞かされた。そう言われると時代を感じた。作品は焼き物であるからなおさら全く色あせていない。さっき窯から出てきましたという顔をしている。私のタッチも、当たり前だけど今と同じ。時間がそれほどたっているとは思えない。しかし流行っていた歌以上にもっと時を感じてしまった事実があった。桜の木である。
信楽に初めてきたのは陶芸の森美術館に来るよりもさらに15年前になる。その時に泊まった宿に今回も泊まったら、そこの宿のお母さんが「変わらないわねえ」と言う。これはよくあるパターンである。互いに年を重ねたり、時々テレビで見たりしているとその差が分からないので、このような反応になる。
しかしお母さんが、「でもうちの前の桜の木を見てよ」と言われて驚いた。最初に来た時に桜の木を植えたという話をし、ひょろひょろの木だったのが、なんと今では大人がひと抱えしても手が届かないかも、というくらいの立派な木になっている。あれから27年である。桜がこんなに立派になるほど、人間は成長しているのだろうか?とふと考えてしまった。
変わるもの、変わらないもの、変わってしまうもの、変わらなければならないもの。いろいろある。
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