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この連載が今回で200回目になりました。足掛け17年です。まだまだ先を見ている私にしてみれば、振り返ることがあまり得意ではなく、今この数字を自分で書いて見て「いつのまに?」というのが正直な感想です。時間は蓄積されて、原稿も蓄積されていきます。時間は貯めておくことはできませんから過去の時間が邪魔になることはありません。原稿もデータですから同じくですが、溜まってくると悩ましいものがあります。それは作品です。
私の故郷には作品倉庫があり、これまでの作品が保管されています。美術館に収蔵されているものもありますが、それは一部です。倉庫は私の実家の敷地内にあり、両親がいたころは作品の管理をしてくれていました。今は妹がしてくれています。展覧会で作品貸し出しがあったり、新たな作品を入れたりと、結構忙しいのですが、このあと10年、20年そして100年後はどうなるのかという話です・・・。
そんな話を同じアーティスト仲間ともする機会があり、作品にとって何が幸せなのか? 友人のアーティストは言います。
「日本人のアーティストは気に入っている自分の作品は手元に置きたがって、売ることを嫌う傾向にある。しかし、それは作品にとってみれば、幸せな選択とは言えないのではないか」
それは良くわかります。日比野の作品はどこかで買えるの? と聞かれることが時々ありますが「売ってません」と答えて来ました。
日曜美術館を見ていたら「文化財保存」の話を九州国立博物館元館長・三輪嘉六さんがしていました。三輪さんは私と同郷で、九博でワークショップをしたり、作品展示した時にはとてもお世話になった方です。三輪さんいわく、
「日本では7世紀から、人から人へと文化財が受け継がれて来ました。それを伝世品といいます。出土品は人から人へとは受け継がれていないが、土の中から発見されて現在残っている物であり、伝世品とは異なります。日本は世界で最も伝世品の多い国です。時代を超えて受け継ぐ中で大切なのは、目通
し、風通し、です。しまっておくだけでなく、年に1回、目で見て確かめる。みんなで見る機会をつくる。そして蔵の空気を入れ替える。その手間、習慣が伝える上では何より大切なのです。それこそが文化を伝承することなのです・・・」
まさにそうだなと感じました。
さて、どうしようかな・・・この連載が300になっているころ、作品はどこにあるのかな。そしてこの連載が1000になっているころは?
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